食生活と糖尿病
                (日系二世とピマ・インデイアンにおける研究)

日系二世

アメリカ人の食生活を取り入れたアメリカ原住民(ピマ・インデイアン)、アメリカに移住してアメリカ人の生活に順応した日系二世に糖尿病が急増していることはよく知られている(後述)。ツネハラ(Tsunehara:日系アメリカ人研究者)は日系二世の食生活を通してこの問題に迫っている(1)。

ワシントン州キング在住の日系アメリカ人(二世)の糖尿病発生率は、同年齢層のアメリカ白人の2倍、日本人の4倍である。糖尿病の発生がアメリカで育てられた日系二世に多い(2,3)ということは、この病態の発生要因に日本人の遺伝的背景とともに環境因子が関係していることを意味する。この環境要因の中で重要なのは食事であろう。ヒムスワースは、1930年代に糖尿病の発生要因としての低糖質/高脂肪食の重要性を指摘していた(4,5)。

ヒムスワースの研究を持ち出すまでもなく、食事が糖尿病の発生に関係があることは現在の常識となっている。栄養過剰が、肥満を引き起こし、糖尿病の発生に重要な役割を演じているというのだ。しかし、単に肥満だけでなく、過剰の脂肪が身体のどこに蓄積するのかということが糖尿病の発生に関係しているという指摘もある。とくに、内蔵型の肥満が糖尿病に関係が深いと言われるようになった。脂肪の多い「欧米型」の食事が糖尿病とその血管系の合併症との間に関係があるという考えが有力である。脂肪に比べると、タンパク質は注目を浴びていなかった。

ツネハラは、栄養と糖尿病の関連を明らかにするために、耐糖能が正常あるいは異常の日系二世について、三大栄養素(タンパク質、脂肪、糖質)の摂取量を調査した。糖負荷試験によって日系二世229人を糖尿病78人、耐糖能異常72人、耐糖能正常79人に分類した。自分では糖尿病ではないと思っていたものが153人いたが、糖負荷試験の結果、本当に耐糖能が正常であったものは76人で、17人に糖尿病が発見された。全般的にみて、日系二世、なかでも糖尿病の二世の食生活はアメリカ人の食生活に近いことが判明した。

キング在住の日系二世における糖尿病罹間率は20%(年齢45-74歳)、ハワイ在住の日系人では14.2%(40歳以上)、アメリカの白人では9.4%(55-64歳)である(2,3,6,7)。これらの数値はいずれも日本の広島における糖尿病罹間率5.3%(146)より高い。これらの調査は診断基準が異なる(キング在住の日系二世とアメリカ白人の数値は75 g糖負荷試験に基づいているが、ハワイと広島の数値は50 g糖負荷試験に基づいている)が、診断基準の違いだけで、キング在住の日系二世における20%と広島在住の日本人の5.3%という差を説明できない。環境因子(食生活)がこの差に関係している。キング在住の日系二世の食事(1)、ハワイの日系人の食事(8)、広島の日本人の食事(8)、アメリカ白人の食事(8,9)を比較すると、キング在住の日系二世、ハワイの日系人、アメリカ白人の食事は、日本人の食事に比べて、総摂取エネルギーではほとんど同じであるが、タンパク質と脂肪の摂取量が多く、糖質の摂取量が少ない。

日本人のタンパク質と脂肪の摂取量は、第二次世界大戦後増加傾向にあるが、1974年の一人当たりの推定摂取量は、タンパク質75 g、脂肪40 gで、同年度のアメリカ人の摂取量がタンパク質101 g、脂肪158 gに比べると非常に低い。さらに、日本人は魚介類をたくさん食べる。タンパク質の摂取量の25%が魚介類由来、25%が肉類・乳製品・卵から、残りの50%が植物性タンパク質である。キング在住の日系二世では、魚介類由来のタンパク質は10%に過ぎず、その他の動物性タンパク質が47%、植物性タンパク質は43%であった。魚介類の摂取が少なく、肉類と乳製品の摂取量が多いことが、キング集団の脂肪摂取量が日本人に比べて高い原因となっている。日系アメリカ人の糖質摂取量は、米を主食としている日本人に比べて少ない。

キング在住の日系二世において、糖尿病患者と糖尿病でないものの間には、総摂取エネルギーでは差がなかった。日系二世の糖尿病患者の食事は、糖尿病でないものに比べて、糖質の摂取が少なくタンパク質と脂肪の摂取量が多いという特徴があった。しかも、その脂肪とタンパク質は動物性由来のものが多かった。年齢や体重によっても食事内容が異なるから、食事データは年齢と体重によって補正する必要がある。キング在住の日系二世では、年齢と体重によって食事データを補正しても結論に変りはなかった。

本人が糖尿病であることを知っていたか、知らないで過ごしてきたかによって食事の内容が異なる。食事と糖尿病の関連を検討する場合には、このことをチェックする必要がある。キング在住の日系二世では、自分が糖尿病であることを知らずに過ごしてきた糖尿病患者は、糖尿病でないものに比べて、動物性タンパク質と動物性脂肪の摂取量が多く、糖質の摂取量が少なかった。

これらの知見から、ツネハラは動物性タンパク質と動物性脂肪が糖尿病の発生に関して一定の役割を演じていると考察している。日系アメリカ人の2型の糖尿病患者には腹部に脂肪の蓄積するものが多くさらに空腹時に高インスリン血症を示すことが多い(10)。この高インスリン血症はその背景にインスリン抵抗性(ヒムスワースの言葉で言えば「インスリンに対する感受性が低い」ということになる)が存在することを示唆している。ツネハラは、長期間しかも毎日タンパク質と脂肪の多い食事を摂っていると、インスリンに対する抵抗性が増し、多量のインスリン分泌が必要となり、耐糖能が低下する、という可能性を指摘している。ツネハラはヒムスワースの研究(2)に言及しているが、糖尿病の原因として糖質摂取量の減少に目を向けず、もっぱらタンパク質と脂肪を重視している。1980年代のアメリカは、「アメリカ人は動物性のタンパク質と脂肪を摂り過ぎている」という声が横溢していた。ツネハラもこの声に抗しきれなかったのだろう。

前に述べたように、ヒムスワースは、ヨーロッパ全域で食糧不足のみられた第一次世界大戦中に食糧事情がとくに悪かったベルリンとパリにおいて糖尿病による死亡率が激減したことから、糖質の摂取が糖尿病の発生に関係があるという注目すべき指摘を行った(5)。戦争中と戦前の食事には総摂取エネルギーでは差がなかったが、戦争中の食事には戦前の食事に比べて糖質が多く、脂肪が少ないという特徴があった。ヒムスワースはさらに、戦後食糧事情が好転して脂肪が多く、糖質の少ない食事に戻るにつれて、再び糖尿病の死亡率が上昇に転じたことも指摘している。キング在住の日系二世の糖尿病罹患者に特徴的な「高蛋白/高脂肪食」が「低糖質食」であることを忘れてはならない。

1970-80年代の研究で、動物に高脂肪食(=低糖質食)を与えると、インスリンの作用と体内でのグルコースの消費が低下するという研究結果(11-14)が報告されている。これらは、ヒムスワースの研究の焼き直しで、その研究結果を別の言葉で言い換えただけのものに過ぎない。日系二世では、おそらくその高脂肪食(=低糖質食)が耐糖能の低下をもたらしたのだろうし、日本在住の日本人では糖質の摂取量が多かったために糖尿病の発生も少なかったのだろう。日本人の伝統的な食事は高糖質/低脂肪食である。この食生活が、日本人の糖尿病とその合併症の発生率が欧米に比べて低いことの大きな要因となっていると思われる。日系二世の欧米型の食生活が、栄養の質的変化をもたらし、彼らに2型(インスリン非依存性)糖尿病が多発する原因になったのだ。

1971年、ブランゼル(Brunzell)は85%の糖質を含む食事がインスリン感受性を高め、糖尿病患者の高血糖が改善するるという注目すべき研究結果を報告した(15)(この研究については後に詳述する)。さらに、1980年代の後半には、糖尿病患者の食事療法として複合糖質(デンプンのこと)の摂取が勧められるようになった(16)。日系二世の糖尿病患者の糖質摂取量は糖尿病でない人に比べて有意に少なかったが、複合糖質の摂取量には差がみられなかった。糖質摂取量が糖尿病の日系二世に少なかったのは、この人たちに精製糖(砂糖のこと)の消費量が非常に少なかったためである。また、糖尿病であることを知っていた糖尿病患者は、糖尿病であることを知らなかった糖尿病患者に比べて、とくに精製糖の消費が少なかった。すなわち、糖尿病であることを自覚している人たちは、砂糖の摂取を控える方向に食事内容を変えていたことがわかる。日本でも砂糖を控えることが糖尿病の食事療法であると誤解している糖尿病患者が多い(お医者さんの誤解でもある。最終章の「砂糖と糖尿病」を参照して欲しい)。

肥満が糖尿病の重要な危険因子の一つであることを指摘する研究が数多くなされてきた(17,18)。したがって、肥満した糖尿病患者にはまず最初にエネルギー制限による減量が勧められる。しかし、キング在住の日系二世では摂取エネルギーと体重の間には関係がみられなかった。体重と最も関係の深い食事性因子はタンパク質の摂取割合であった。体重の多いものは、タンパク質(とくに動物性タンパク質)からエネルギーを摂る割合が大きく、この関係は年齢で調整した場合にも認められた。しかも、動物性タンパク質の摂取量が体内脂肪の過多に関係していた。タンパク質の摂取量と体脂肪量の間に関係があるというこの知見は食事と肥満の関係を考える上でも重要である(タンパク質や脂肪を減らして、糖質を多くすると肥満が抑えられ、糖尿病の予防になる)。

摂取エネルギーは年齢によって大きく変わる(19-21)。高齢の日系二世の摂取エネルギーは若い二世に比べて少なかった。しかし、高齢の二世の食事では動物性のタンパク質と脂肪の摂取量が同時に減少していた。日系二世の高齢者には赤肉とか揚げ物などの重い食品を食べたくないという人が多かった。多分、日系二世は、歳をとると「日本食」を好むようになるのであろう。

日系二世の食生活は、彼らが日本で生まれ日本で成長した両親に育てられたにもかかわらず、平均的なアメリカ人の食生活に近い。このような食生活(低糖質/高脂肪食)が、その遺伝的背景と共働してアメリカ生まれの日系二世に糖尿病が蔓延する結果になっているものと思われる。

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ピマ・インデイアン

100年ほど前まで、ピマ・インデイアン(アリゾナ州のメキシコ国境近くに住むアメリカ原住民)は農業で生計を立てていたが、その頃には彼らが糖尿病(インスリン非依存性糖尿病もしくは2型糖尿病)に罹るということは非常に稀なことであったらしい。ところが、近年では、ピマ・インデイアンの糖尿病罹患率は世界最高である。35歳以上の糖尿病罹患率は実に50%にのぼる(16022)。ピマ・インデイアンにおける糖尿病の劇的な増加は、彼らの伝統的な糖質中心の食生活が現代アメリカ人が好む脂肪の多い食事へと急激に変化したことによるものであると言われている(23)。健康者の糖代謝が食事構成によって変わることを確認したヒムスワースの研究(24)がこの仮説を支持している。たとえば、脂肪の%エネルギーが多くなるにつれて(当然、糖質の%エネルギーが少なくなる)、耐糖能が低下する(24-26)。その原因は、インスリン作用の低下(24,27,28)、あるいはインスリン分泌能の低下(26)によるものとされている。

糖尿病最多発民族となってしまったピマ・インデイアン(アメリカ原住民)の悲劇に関するスインバーンの研究(29)を紹介する。この研究の目的は、「アメリカ原住民が過去一世紀にわたって体験してきたような食生活の変化は糖代謝に悪影響をおよぼす」という仮説を実証することにあった。性、年齢、肥満度のマッチした12人の非糖尿病のアメリカ原住民と12人の非糖尿病のアメリカ人(白人)に伝統的なアメリカ原住民の食事と現代アメリカの典型的な食事を2週間与え、インスリン分泌能、インスリン活性、および耐糖能を観察した。さらに、かつてのアメリカ原住民で観察された低い血清コレステロール値(30)が彼らの食生活に由来することを証明するために脂質代謝も測定項目に加えた。

研究に用いたアメリカ原住民の伝統的な食事は、糖質70%、脂肪15%、タンパク質15%からなり、現代アメリカ人の食事は、糖質30%、脂肪50%、タンパク質20%からなる(表1)。伝統食に比べると、現代食は経口糖負荷試験による耐糖能を低下させ、血漿コレステロールの値を高めた。これと同時に、グルコースに対するb 細胞からのインスリン分泌が低下した。アメリカ原住民とアメリカ人の間に差異は認められなかったが、前者で血清脂質の変動が大きかった。これらの結果は、現代アメリカ人の高脂肪食(低糖質食)が糖尿病の遺伝的負荷の大きいアメリカ原住民に2型の発生を促すという仮説を支持するものと考えられる。

スインバーンの研究は、アメリカ原住民の伝統的な高糖質/低脂肪食を現代アメリカ人の典型的な低糖質/高脂肪食に変えると、グルコースの利用度、b細胞の機能、および耐糖能が悪化し、血漿コレステロールが上昇することを明らかにした。本研究で用いられた食事構成は、極端なものではあるが、過去100年の間にアメリカ原住民が経験した食生活の変化の範囲内にある。本研究で用いた2種類の食事は、単に糖質、脂肪およびタンパク質の割合だけでなく、脂肪酸の構成、蛋白質の構成(動物性と植物性)、植物繊維、およびコレステロールの含有量も異なっているので、どの成分が主としてこの代謝変化をもたらしたのかを特定することはできない。しかも、この研究の観察期間は2週間に過ぎないので、この変化がずっと長期間にわたって持続するかどうかということも明らかではない。しかし、現代食を伝統食に変えることよって空腹時インスリン濃度は変らないのに、空腹時血糖値が低下したという実験結果は重要である(伝統食によってインスリン感受性が向上したことを意味する)。

2種類の食事に対して、アメリカ原住民とアメリカ人の糖代謝は同じように反応し両人種間に差がみられなかった。アメリカ原住民がとくに伝統食→現代食の変化に鋭敏というわけではない。しかし、長期間にわたる食生活の変化に対する人種差を否定するものではない。たとえば、アメリカ原住民は高脂肪食に対してエネルギー・バランスがプラスになる傾向(アメリカ原住民は高脂肪食によって太りやすい)があることが報告されている(31)。また、アメリカ原住民が糖尿病になりやすい遺伝的背景をもっていることを否定するものでもない。彼らは西欧人に出会うまでずっと彼らの伝統的な高糖質食(低脂肪食)に適応してきたのである。しかし、低糖質食(高脂肪食)に慣れているアメリカ人のインスリン感受性と耐糖能が高糖質食で改善するという結果は興味深い。アメリカ人とて、その身体は糖質を欲しているのだ。

体内におけるグルコース消費の大半はインスリン依存性であるが、グルコースそのものがグルコースの消費を促す(32)。グルコース依存性の糖消費は、末梢組織における糖利用、あるいは肝臓からの糖放出の抑制という形で現われる。低糖質(高脂肪)の現代食によって耐糖能が悪くなるのは、このグルコース依存性の糖消費が減少することも一因である。

伝統食と現代食の糖質代謝に与える影響には人種差は認められなかったが、脂質代謝には明確な人種差が認められた。アメリカ原住民に伝統食を与えると総コレステロールおよびLDLコレステロールがアメリカ人に比べて有意に低下した。アメリカ人では伝統食による中性脂肪の低下は認められなかったが、原住民では伝統食によって中性脂肪が1/2に減った。別の研究によると、現代食に慣れた35歳以上のピマ・インデイアンでも、総コレステロール、LDLおよびHDLコレステロールはいずれも低値を示すという(30)。

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